債務整理事例 事故・病気
事故・病気により
こちらのページでは事故や病気が原因となって多額の借金を抱えてしまい、その状況を改善しようと個人民事再生手続きを考える方の事例をご紹介します。なお、ご紹介する事例はプライバシー保護の観点から、事実を基に再構成したフィクションであることをご了承ください。

私たちは職場結婚をいたしました。夫が働いていた会社に、私が派遣社員として務めるようになったことがきっかけです。夫は当時、私が働いていた部署の責任者をつとめていました。責任者としてテキパキと、仕事をこなす夫に憧れを抱いていました。私たちは順調に愛を育み、それが実を結び結婚をしました。私たちは共働きでしたので、経済手には余裕があったため郊外に25年のローンを組んで家を購入しました。その家に引っ越した日私たちは楽しくお酒を飲み、喜びを二人で祝っていました。残念ながら子供には恵まれませんでしたが、結婚生活はすべて順調に進んでいました。
そんな生活が崩れるきっかけになったのは、夫の突然の事故でした。
納品に車を走らせていた夫の前に子どもが飛び出し、ガードレールに激突した揚句、商品を台無しにしてしまったのです。保険は掛けていましたが、その日のうちに納品しないと役に立たない商品でした。幸い、夫も子どもも無事でしたが、子どもは事故に驚いたのかどこかに逃げてしまい、他に目撃者もおらず夫の自損事故のような形になってしまいました。会社は、大切なお得意様を失い、夫は立場をなくしました。
夫の勤めていた会社は、実の叔父が興した会社で、社長である叔父は、夫をかばってくれましたが、その叔父が運悪く急死し、叔父の息子、つまり夫にとっての従兄弟が後を継いでからは、何かと夫にきつくあたるようになりました。
ついに、ある日、夫は、新しく社長となった従兄弟と衝突し、そのまま、会社を辞めてしまいました。喧嘩別れのような形になってしまいましたので、退職金も支給されませんでした。
初めは強気だった夫ですが、45歳を回った、とりたてて資格も特技もない夫の再就職は困難を極め、だんだんと元気を失っていきました。ハローワークに通う毎日が続きましたが、面接さえしてもらえません。そのうちに夫はハローワークにも行かなくなり、昼間からお酒を飲むようになってしまいました。あのテキパキと仕事をこなしていた夫の姿はもう、どこにもありません。さらに、運悪く私も長年勤めていた会社をリストラされ、やがて、二人の間は刺々しい雰囲気で満たされ、口論が絶えなくなりました。
たちまちに、僅かばかりあった貯金も底をつき、住宅ローンの支払いにも困るようになりました。それで、妻である私が、まず、パートの職を見つけ、夫も、以前に比べれば半分以下の給料しかもらえないのですが、好き嫌いを言っている場合ではないので、就職しました。これでやれやれと思っていた私ですが、2ヵ月も経った頃から、夫の態度から精気がなくなり、表情が乏しくなってゆきました。朝が特につらそうで、なかなか起きてきません。私も慣れない職場でイライラしていましたので、そんな夫にきつくあたりました。 それに対して、「自分のような人間は、もう、いても迷惑になるだけだよね」などと、暗い表情でつぶやきます。心療内科を受診し薬をもらうようになりました。 結局、その会社も辞めざるを得なくなりました。 その間、住宅ローンはもとより、生活費にも事欠くようになってしまい、夫と私の名義で消費者金融から借り入れを重ねて行きました。もはや、どうにもならなくなって、榊原秀剛司法書士事務所の扉を叩きました。 事務所では、自己破産も視野に入れたほうがいいとのことでしたが、私としては、家だけは失いたくありませんでした。実を言えば、昼間からお酒をのみ、泣きごとを言う夫にはもう、かなり失望していましたが、司法書士の「きちんと仕事を見つけてくれば、家を手放さずに済む「個人民事再生」という方法も考えられるかもしれない」という言葉に、久しぶりのやる気を見せた夫を見て、私は、最後に賭けてみようと思ったのです。再スタートできるなら思い出の詰まった家だけは失いたくないと・・・・・・
今、私たちは、私たちの「家」で、住宅ローンを払いながら、個人民事再生手続きの中で削減してもらった残りの債務をコツコツ返済しながら暮らしています。夫も、やっと見つけ出した就職先で地道に働いてくれています。
久々に穏やかな日々です。
(この事例は事実を基にした再構成したフィクションです)
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